TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/06/19

第35話(全130話)

回路不良〈ショート・サーキット〉(1/5)




12 回路不良〈ショート・サーキット〉

 とにかくここをすぐに出なくちゃ。
 マリカは自分に言い、ワーターを急がせる。
 エルモの森に長居は無用だ。この森は人を惑わせる。
 テオの昔話や御伽話には、いつもたいていエルモの森が登場する。この森の大気に酔い、何
処とも知れぬ魔郷に入り込んでしまう男の話。黄金の鳥を追ってエルモの森に入り、いつの間
にか魔法の村へと誘われてしまう子供たちの物語。
 エルモの森はそんなストーリーの舞台として、テオの人々に記憶されている。そこはいつも
〈魔界への入り口〉なのだ。
 エルモの森はそして実際に人を惑わすのだ。マリカは数多くのそういう童話を聞いて育って
きたし、本当にこの森で道と心とを見失ってしまった人々も多く目にしてきた。一度ならず、
この森をいっそのことすべて伐採してしまってはどうか、という提案が王議会に提出されたこ
とがある。しかしテオの人々はこの森のおかげでこの星に定住することができる多くの動植物
のあることを決して忘れなかったし、自分たちの利益が動物たちのそれに優先すると考える人
もいない。森がそこにあるのなら、それは星が必要としているから、そこにあるのであって、
星に住まわせてもらっている立場の人間が勝手に切ったりいじったりしてはいけない。
 テオの人々はそう考える。
 もちろんマリカの国カイラにおいてもそれは同じだ。多少気味が悪くても、切り拓いたりは
絶対にしてはならない。そういう意見がいつも多数を占め、そしてエルモの森は〈異界〉とし
てカイラ国に隣接し続け、人々は〈異界〉と共存する道をいつも選んできた。
 テオの人々は科学も論理もじゅうぶんに発達させてはいたけれど、たとえば地球の人々とは
違って、星そのものが育んだ環境よりも科学や論理のほうが優秀だなどとは決して思っていな
い。エルモの森が人を惑わすなら、それはそういうものであるときちんと理解して接すればそ
れでよく、迷い込んだら、とにかく外へ走り出ればいいのだ。
 長居さえしなければ、この森は決して侵入者に悪さを働いたりはしない。別に邪悪な魔物が
潜んでいる、と言うわけじゃないのだ。
 ワーターの足を急がせると、マリカは自分とマスターとを草原へと導き出した。森から出さ
えすれば、マスターの機能もきちんと回復するだろうと、彼女はとくに根拠もなくそう考えて
いた。・・そしてそれは間違いだった。
「マスター、大丈夫?」
 ワーターの背から飛び降りると、マリカは心配そうに、大の字になってひっくり返ったまま
のロボットを覗き込んだ。ワーターに引き回されて、それで故障がひどくなるような、そんな
柔な機械じゃないことは承知していた。無骨なまでに頑丈に作られているからこそ、マスター
はこんなにも不恰好なズン胴のデザインを施されているのだとマリカは理解していた。
 父が彼女に与えたその日から、マスターはその頑丈さを披露し続けてきた。ヤンチャの盛り
の娘に、いいように小突き回され、サンドバック代わりに叩かれ蹴られ、ナッツのいない時は
剣術の相手まで勤めさせられて、それでもマスターは故障はおろか、その体をへこませること
さえなかった。
 頑丈なのだ。それもそのはずで、マスターは万が一の時は姫の盾として敵襲から守れるよう
に作られているらしい。カイラ国は八百年に及ぶ平和を甘受していた。建国八百年で、だから
一度も戦争はもちろん、内乱や紛争すらも経験していなかった。
 外敵も内敵もカイラ国には存在しない。
 しかし八百年平和だったからといって、だから明日も平和だろうと考えるほど、カイラ国の
人々は世間知らずではない。どこかでひとつ歯車が欠ければ、それだけで戦争は起きるものだ
し、その危険はいつだって、どんな平和の最中にだって潜んでいるものだ。
 そのための備えは常に必要だった。もはや進化の過程でエルモの森に君臨するドラテロには
天敵はいなくなっている。それでも新しく生まれてくる赤ちゃんのドラテロにも角はあり牙は
鋭く尖っている。同じことだ。どんなに平和が続こうと、備えだけは怠ってはならない。姫は
武術に長けていなければならないし、姫付きのロボットには盾となれるだけの頑丈さが必要な
のだ。
 その頑丈なロボットが、いま、うんともすんとも言わないまま機能停止状態でノビている。
「いったい何があったのかしら」
 マリカは呟いた。
 ぼくもそれを訊きたい!
 ピートは必死に声を上げた。
 しかしその声はマリカの耳まで届かない。マスターの厚い装甲が、ピートの叫びを体内に押
しとどめる。
「待ってて。あたしが直してあげるからね、マスター。あなたが静かに黙ってるのってありが
たいけど、何ひとつ小言を言ってもらえないんじゃ、反発のしようがなくて残念だし、淋しい
わ」
 ぼくはピートだよ。マスターだなんて、そんな変な名前で呼ぶのはやめてよ。どうしてぼく
をマスターだなんて呼ぶの? どこからそんなヘンテコな名前を引っ張り出してきたの? 
 ピートは問い、その問いがマスターの中でぐわんと反響し、自分へと投げ返されてきて、彼
はようやくひとつの「答え」に思い至った。


(つづく)




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